ウォーハンマー黎明期の記録的な by Rman(R7.3.1)


昨年(2024年)、ウォーハンマーオールドワールドが誕生し、名実共にかつてのウォーハンマーファンタジーバトル(以下FB)の正式な続編の登場ということもあり、
多くのオールドタイプは喜びにむせび泣いたと聞きます。
もしオールドワールドが発売されなければ、FBは結局のところ過去いっぱいあったミニチュアゲームのうちのひとつ、でしか無かったかもしれません。
(元祖という意味で特別感はあるものの、ね)

しかし、正式な続編が登場したことで、過去の歴史にも興味がある方もいらっしゃるのではないかと思い、この記事を書くことにしました。
この記事ではウォーハンマーの最初の日本語版がもたらされた1998年〜2000年頃の思い出話と共に、当時の熱い趣味人の記録を掘り起こすこと目的にします。
ウォーハンマーFBのざっくりとした思い出語りはこちらの記事にもありますので、未見の方はぜひともご覧ください。


日本でウォーハンマーファンタジーバトルの日本語版スタートセットが発売されたのが1998年。
僕がこの日本語版スタートセットを購入したのが2000年3月でした。
あれから25年。今もウォーハンマー最高〜!ってやって毎月ウン万円課金してるの、やばいですね。最高です。

(この写真のスターターは昨年、フリマアプリで見つけて新品同様のものを買い求めたものです)


中身もバチっと揃ってた逸品でした。

当初19800円くらいしたのが途中で15000円くらいにプライスダウンした記憶があります。
当時のプレイステーションの価格に合わせたとかいう話もあったような(笑)。
このセットこそ、日本にミニチュアゲームのウォーハンマーを根付かせた最初のウォーハンマーでした。


ボックスの裏面も非常に熱い。ときめきがドキドキしますね。今でも。やっぱりこのテイストが僕の原点なんだなぁと改めて思いますね。
このボックスは当時の思い出もあるし、中身も含めて永久保存したいと思っています。

そして、この当時のブレトニアのミニチュアを使って、最新のウォーハンマーを遊べているという、2025年の現状がまた素晴らしい。

いやほんと、ウォーハンマーファンタジーバトルの復活、オールドワールド万歳!!って感じです。


当時の空気感を振り返ってみました

僕もウォーハンマーを初めて買ってから今年で25年経ちました。さすがにちょっと最近飽きてきたというか・・・

そいうことは全くないので、ほんとこのホビーは底なしなんですよ(笑)。
困ったことに。

最近、オールドワールドに夢中ということもあり、25年前に初めてウォーハンマーを買ったその頃のことをふと思い出す機会も何度かありました。
が、もはや当時の空気感を感じさせる記録は薄れゆく記憶の中か、ウェブ上にはここRoR以外ではほとんど無くなってしまいました。
かつてネットには様々な突き抜けた人々の英知があったのに、今は多くの個人サイトが消滅し、個人が作り上げてきた知識の層はネットからは消えつつあります。
RoRリンクの履歴
これでも当時残っていた一部のサイトで、全盛期は無数に個人サイトがあったものでした。


今後、知識の集約はAIが担う分野なのかもしれませんが、しかし様々な趣味人の個性と熱狂を見てきたものとして、諸行無常感はあります。
もう過去のことは忘れ去られる一方なのかと。



そんな時、ふと思い出しました。2000年当時、僕がウォーハンマーの師と仰ぐ武井さんが発行されていた同人誌のことを。
あの冊子には夢と希望が詰まっていたなぁ・・・と懐かしくなったものの、
当時集めていたウォーハンマーの同人誌は友人知人に御譲りしてしまったので、困ったときの卵帝君に問い合わせたところ、
「しっかり保存してありますよ」とのことだったので、物持ちの良さに感動しつつ、同人誌一式をお借りしたのでした。

到着した同人誌を見るとまた当時の思い出がブワっと蘇ってきて若干過呼吸になるレベルに胸が熱く、ちょっと苦しくもなりました。(僕も色々あったんでね)

これらの書物を読み返していると、当時の先輩や同輩方の熱意がもう火傷レベルに熱くて、すごかったんですよ。
せっかくなので当時の同人誌を振り返りつつ、過去の先人の熱意も記録に残しておきたいなという気持ちになりました。

以下の思い出語りは執筆者Rmanの主観に基づいて書かれており、実際の史実や事実、地域毎の実態とは違っていたでしょうし、
当時を生きた趣味人それぞれの感じ方があったでしょうから、決して
当時の「正史」ではないことをご留意いただき
読み進めていただけたらと思います。


WARHAMMER Net 戦槌王国(スタジオケイオス出版)2000年

戦槌王国、日本で最初のネットコミュニティと言っても差し支えないでしょう。
サイトが閉鎖されてからもう十数年くらい経つので、今や知らない人がほとんどかもしれません。
日本語版ウォーハンマーが発売された頃の日本ではこのサイトがまさに日本ウォーハンマーのポータル的な存在で、ウォーハンマーに関する情報は公式サイトよりもここを見ろ!って言うくらいの情報量を誇っていました。
掲示板もテーマごとに分かれており、ものすごいスピードで書き込みが進んでいって、まだSNSという言葉も全くなかった時代、みんながこの戦槌王国に集っていたのでした。

そしてこの戦槌王国の前身ともいう存在としてスタジオ・ケイオスというグループがあり、そこを開設されていた武井さんという方が僕にとってはウォーハンマーの心の師匠でした。
こちらの同人誌も武井さんが中心となって作成されており、スタジオケイオス(ミニチュアの輸入とりまとめなどをされていました)を通じて買い物した人に配られていた冊子です。

当時、僕は武井さんのウォーハンマースタイルにものすごい心酔していましたし、非常に影響を受けていました。
この表紙の写真も当時すごく画期的で、背景があってめちゃくちゃ格好良かったんですよね、本当にしびれました。僕がRoRで掲載する写真はここから繋がっています

ちなみにVol.4の表紙は当時はmp36と名乗られ、現在精力的に活動されてらっしゃるタムさんのナイトオブザホワイトウルフです。
ミニチュアはもちろん、写真として格好良すぎて、武井さんの撮影のこだわりに感動していました。

そして、タムさんは当時から繋がる数少ない先輩趣味人であります。当時からずっと憧れのペイントバリ上手系趣味人筆頭の方でした。


ある意味、僕もここに憧れてRoRを作成したと言っても過言ではありません。
RoRを立ち上げたのが2001年。その頃まだまだヒヨコだった僕にとって、このレベルの冊子を作ってこられた武井さんは神のごとき存在でした。

戦槌王国全盛の中、あえて個人サイトを立ち上げたのには、武井さんに僕の熱意を認めて欲しいという思いも多分にありました。
そして、戦槌王国は情報が集まるサイト、ならば僕のところは画像が集まるサイトにしよう、と思いギャラリーへの投稿を募るスタイルとしたのでした。
その後は、文字に残すべきではないようなことも含め、いろんなことがありましたね。


ちなみに卵帝君からお借りしたこちらの冊子、Vol.2からで、創刊号であるVol.1は卵帝君も持っていないということでした。
僕も当時持ってたような持ってなかったような、島根の友人に御譲りした記憶もあるのですが、もう記憶が定かではありません。
vol2の1ページ目から日本語版では取り扱われなかったヴァンパイアカウントのキャンペーン推しということで、いきなり濃かったですね。

スタジオケイオスから続く戦槌王国は基本的に英語版至上主義でした。

当時の日本語版は英語版5版をベースにしつつも細部で調整や改変が行われた日本語版オリジナルルールという扱いになっており、
その翻訳編集が日本ウォーハンマーの始祖たる籾山庸爾氏によるものということで、日本語版を「モミー版」と揶揄し、
馬鹿にするような外道な仕草がまるで英語版(本物の)ウォーハンマーを知ってる俺カッコイイと錯覚していた人々がネット上には非常に多く(僕もその一人でした、猛省)、
とかく日本語版で遊ぶ人と英語版で遊ぶ人とで大きな溝がありました。


へにょさんによるお気楽ホンヤクのススメ、英語版へのハードルを下げるために非常に実用的なシリーズでした。
へにょさんは当時からの趣味人の中でも現在でもXで繋がっている数少ないお一人です。
当時から数々の記事を書かれていて、知識階級っていう感じですかね、英語も苦手で記事を書くのもおっくうだった僕にはとても真似できないなぁって思ってました。


イベント告知も回数が若い!第2回とか第1回夏合宿とか、まさにウォーハンマーが日本で産声をあげた頃の熱気が感じられますね。
今とは世間の認知度がまるで違うとはいえ、当時は当時で知る人ぞ知るウォーハンマーがこれからどんな道を歩んでいくのか、
そんなこと気にするやつなんて誰もいなかったというか、この熱いホビーを前のめりに楽しむしかなかった、という空気がありました。


第3号は非公式のフォレストゴブリンアーミーのゲーム用データリストという、すごいニッチな企画になっていました。
当時でもかなり誰徳感があった気もしなくもないですが、公式がやらないところを攻めていくのが実に武井さんチョイスという感じで熱くなってました。
記事を書かれたHirakawaさんも何度かお会いしたことがありました。非常に熱いオクゴブ野郎でした。

僕がウォーハンマーを始めた2000年、その年末は東京の武井さんのお宅に行って集まったウォーハンマー野郎と一緒に年越しをしたことを思い出します。
あのウォーハンマー始めたばかりで一番熱にやられていた時期、しかも高校生でしたから、まさに青春の思い出です。


お気楽ホンヤクのススメ中級編、英語版をベースにウォーハンマーを遊ぶ、このスタンスを強力に押していたこともあって、本格的かつ実用的な解説記事になっています。
今でこそスマホアプリでもWeb上でも自動翻訳は当たり前かつ高精度になってきているので、英語版への敷居はだいぶ下がってきているとは思いますが、
やはり当時、英語が読めない人は辞書片手にちまちまやってたんですよね。

僕も決して英語の成績は良い方ではなかったのに、やってあるアーミーはケイオスドワーフやビーストマンなど日本語版アーミーブックの無いアーミーだったので、
日夜学校の勉強そっちのけで英語版ルールを読んでました(笑)。


Vol.4になるとA4版になり、一周り大きくページ数も増えて豪華になりました。
当時武井さんに聞くとフルカラーで出すことにこだわっており、部数も限られている中で何とかギリギリでやってる、その割に反響が少なくてしんどい、
と愚痴をこぼしておられたことを思い出しました。

エンパイアのテーマ編成や拡張リストなど、今見ても面白いというか、創造性に富んだ記事だと思います。
元ネタは海外サイトにあったものを翻訳しているのですが、英語版の延長にはこんなに自由度と拡張性のあるゲームが楽しめるんだ、と啓蒙する意図もあったように思います。


公式がしっかりしている現代のウォーハンマーではユーザーが作ったオリジナルルールが入り込む余地はほとんど無くなったように思いますが、
当時は英語版の公式の方はこういった自分たちでオリジナルのルールや設定をゲームに持ち込むことを推奨している空気がありましたね。
まぁ、全体的にGWもまだまだ手作り感を感じられる穏やかな時代でした。

地震が起こってメタル製品の棚が崩壊したので、メタルを量り売りするぜ!を公式通販でやっちゃうとか。
それで実際に買ったらダークエルフのモラスィ(徒歩)30体とか、テクリス20体とか、ウッドエルフアーチャー50個とか、
そういう感じでむちゃくちゃなメタルの積み合わせが届いて、めっちゃ売りましたRoRで。(笑)
話がずれましたが、まぁ、そんな感じでした。


へにょさんによるお気楽ホンヤクのススメも3号に渡っての連載記事でした。

こういった記事がネットの方にも多数あがっていて、戦槌王国は全国各地の熱狂的な趣味人による記事の寄稿で盛り上がってましたね。
僕も当初は投稿したこともあったのですが、2001年からRoRを自分で始めたので、記事は自分のサイトにあげてました。
戦槌王国からは記事に直リンクされたりしたので、ウリのコンテンツを横取りされたような気分になって抗議したこともあったのですが、
倫理的にも法的にも問題ないと言われて、ちょっとムカっとしましたね。思い出しました。

まぁ、ネット広告とかアフィリエイトとかいう概念もない時代の個人のサイトで純粋にアクセス数を稼ぎたい=承認欲求ってことだったんですよね、頑張ってましたね。
僕は世のウォーハンマラーのために記事を書きたいという思いは無くて、自分のために書きたい、というのが一番でした。今も続いている秘訣ですね(笑)

そしてこの4号の編集後記に海外では6版が出たけど、僕たちはまだ5版を楽しみ尽くしていない。だから僕たちは5版でいく。
記憶の中でおぼろになっていた当時衝撃をうけた提言が確かに記載されていました。

英語版に憧れながらも世界標準の舞台にはあがらない、あべこべな話ではありますが、でも確かにまだまだ5版で遊びたい気持ちは僕もありましたし、
初めての版更新がマジック・ザ・ギャザリングのスタンダードからのブロック落ちと等しく、受け入れがたい気持ちもあったのだと思います。


最終号となってしまったこの戦槌王国Vol.5では非公式キスレフアーミーのフルリストを掲載されていました。マニアックかつすごい情熱です。
当時のキスレフ関連のミニチュアはミニチュアの種類も騎兵2ユニット、アイスクイーンのみでした。
そんなキスレフを他社ミニチュアを使ってでも拡張していこうという情熱、おおらかな時代を感じさせます。

キスレフが歩兵、エリート騎兵、白熊に乗ったジェネラルを迎え、アーミーとしての最低限の体裁を整えたのは6版後半のストームオブケイオスキャンペーンの頃だったと記憶しています。
たぶん、思うに当時ですらこの非公式リストの翻訳ネタはちょっと尖り過ぎていた気はしますね。
まだまだウォーハンマー遊び始めた人ばかりだった中で、いくら世界のウォーハンマーは広いって言ったって、ねぇ、、と当時僕はちょっと思ったものです。


カードゲームのマジック・ザ・ギャザリングについていけなくなって、ウォーハンマーに流れてくる人も多い時代でした。
そうなるとゲーマー志向というかトーナメント志向の人も自然多かったんですね、そういう中で究極のナラティブというべき非公式リストへの需要はいかほどあっただろうか、
と若輩者ながら憂慮したものでした(笑)。これだけ年月が経ってから見るとまた味わい深いものがありますけどね。


この5版当時のケイオスは日本語版では基本リストしかなく、英語版では非常に凝ったギミック満載の編成ができるアーミーでした。
(僕もこの当時のケイオスアーミーで遊んでみたいという夢はまだ捨てきれていません)
この記事では英語版のケイオスウォーリアーを遊ぶ方に向けた記事になっていました。この記事は非常にワクワクしながら読んだことを思い出します。


スペシャルキャラクターの紹介も熱いですね。アルバール卿、僕もこの記事を見て一目惚れして、ミニチュアを買ったんですよね。
設定の解説も魅力的ですが、この写真も抜群に格好良かったです。
そして当時買ったアルバール卿、未だに塗ってないっていうオチもつくんですけどね。


へにょさんによる「初心者のためのウォーハンマーリプレイ」この記事もへにょさんらしく入門者に向けての非常に実用的な記事になっていました。
アーミーの組み方からゲームの準備まで、一通り解説されていて、こういうユーザー目線での記事が分かりやすかったんですよね。
僕も初めてウォーハンマーに触れた時はどこから手を付けたものか一瞬戸惑いましたから。

こういうウォーハンマーの始め方的な記事は時代が変われど、いつの世でも需要の高い記事のような気がします。
ウォーハンマーって見た目が派手で直感的に面白そうと思える人もいると思うのですが、いざやってみようって思うと「わからない」ってなりがちだと思うんですよね。


こうしてスタジオケイオス出版「戦槌王国」は終わりました。
当時、次の号はいつ出るかなぁ楽しみだな〜とのんきに考えてましたが、次号が出ることはなく、
次第に武井さんも表舞台から隠れられ、スタジオケイオスのウェブサイトもいつしか閉鎖されていったのでした。

当時、東京でお会いして、色々と教えてもらったり応援してもらった御恩を忘れたことはありません。

締めくくりに書かれている「Warhammer will change your life for ever」は本当でした。
良くも悪くも(笑)。


赤龍亭 宿帳 2000年冬号

こちらは赤龍亭さんという名古屋のTRPGサークルさんが出された同人誌で、
当時から交流のあった擲弾兵さんからお譲りいただいたものと思います(僕ももらった記憶があります)。
ちなみに擲弾兵さんは長らくミニチュアゲームから遠ざかっておられましたが、数年前からミニチュアゲームに復帰されて40Kやブラックストーンフォートレスなどを遊ばれていました。
当時から現在もXで繋がっている数少ない先輩趣味人です。


擲弾兵さんがこのサークルの中でウォーハンマーにドはまりしたことがきっかけで、今回の冊子がウォーハンマー特集になったということのようです(笑)。


日本語版未訳アーミー紹介、当時人気のネタだったと思います。しっかりユニット毎に解説してあって濃い!イラストもカッコイイ!

ドッグスオブウォーというアーミーは5版FB最後に登場したアーミーで日本導入は一切無かったので、マニアックな人々はけっこうイレこんでましたね。
僕も集めたかったのですがオールメタルのアーミーは金額的にもハードル高く、まぁ人間やるくらいならケイオスやるわって感じでした。
今見てもミニチュアはすごく魅力的なので、むしろ今欲しいですけどね!


ケイオスドワーフもしっかり解説してもらってて、挿絵も可愛くて素晴らしい記事です。今読んでも面白いですからね。
擲弾兵さんの当時の熱意が文章からもヒシヒシと伝わってきます。


英語版シナリオの紹介、ここでもへにょさんが登場です。すごいマルチに活躍されてて、ウォーハンマー黎明期の名ライターですね!
日本語版はピッチバトルしか無かった中で、シナリオバトルでもっと奥深いウォーハンマーを遊ぼうという提案がとてもいいですね。
しかしその後も版を重ねどピッチバトル以外はあんまり普及しなかったんですよね、FBは。
ユニットの移動力の制限が厳しい関係であまり凝った動きを要求できない、という構造的なものもあったとは思いますが。

でもこの時代にシナリオバトルを紹介しているという事実は先見性があったと唸るしかありません。


そして6版の紹介です。
戦槌王国から一歩距離のあるサークルは積極的に新版に移行していたイメージが当時もありました。
擲弾兵さんのサークルでもそうだったようです。そして早々に40Kに行ってしまわれた、という印象も残っています。
(擲弾兵の40Kへのハマりっぷりは凄かった記憶があります。渋いカラーのマリーンをRoRに投稿してくださいました。)

僕は当時武井さんの影響が強かったのでまだまだ5版でいくぜ!と思っていたら、年が明けた2001年、再び東京に遊びに行ったら、
5版より6版で遊ぼうよって空気になっててずいぶん戸惑ったものでした。6版の方が洗練されてていいよ?って言われて、ぇぇ…ってなったり。

今は新版出たら総趣味人全員ただちに移行って感じですけどね。黎明期ならではの空気感でした。

戦槌見聞録 第弐号 2001年末

こちらはムラサマさんによる同人誌です。
僕はこの冊子は今回卵帝君から借りて初めて読ませていただきました。


ウォーハンマーっぽくない軟派なエルフの表紙から想像できないヘヴィな目次です。ウォーハンマー攻城戦の紹介とか、熱い!


個人的にせっかくオールドワールド復活した今こそ、攻城戦をまたやって欲しいですよね、城塞とか攻城兵器とか再販でも良いし、新規造形してくれたらもちろん買いますから!
当時は普通のピッチバトルですら追いつかないレベルのひよっこだったので、この時代に攻城戦まで遊んでたサークルがあったというのがすごいなぁと思いますね。


ルール全文を載せるわけじゃなくて、あくまで解説であるという建前はありつつも、かなりしっかり紹介してあって、やっぱり中世の戦争に攻城戦は必須の光景、
キャンペーンの中盤戦とかでやりたいよなぁってなってしまいますね。


ちなみにゲーム風景の写真は攻城戦の写真ではなかったんですけども、これぞ古のFBって感じで素敵な写真だなと思いました。
ほぼテレイン無しって言うのも当時の雰囲気が伝わります。


ホワイトドワーフから有用な記事を紹介する記事もいいですね、当時から僕もホワイトドワーフを買ってましたので、紹介されている全部の記事に対して、
覚えがあるし、当時はすごくWD誌の記事やオリジナルアーミーリストに盛り上がっていたことを思い出しました。

最近のウォーハンマー(特に40K)は競技的なゲームにするためにルール改変がちょくちょく入りしますし、バランス調整も度々です。
いっぽう昔はミニチュアが無くてルールだけあるモデルもざらにあったし、WD誌の記事で特殊編成のアーミーが紹介されたらそれがずっと使えたので、
けっこうそういうマニアックなアーミーを真面目に作ってる人もいました。ヴァンパイア海賊アーミーとか。
出版物に対する信頼感というか、それを当てにしてミニチュア作っても裏切られない、という前提があった気がします。

今は、強いと思って買って塗り終わったら弱体化されてたってこともあるので、何を信頼して塗っていいか迷子になる人も多い気がします。
いやでも競技的な観点からすると今の環境は間違いなく魅力的なんだとは思いますけどね。


この写真、ケイオスロードonワイバーンですからね。
熱い。5版はキャラクターのカスタマイズの自由度が高くて、モンスターも自由に選べたので、ケイオスドラゴンではなく、ワイバーン騎乗もありだったんですね。
今時では見られない組み合わせで5版の旧き良き時代を感じる1枚でした。


戦槌戦史2 2001年末

こちらの同人誌もこの度初めて拝見しました。
Delusionさん、和泉屋じゃんくさんのFB5版 5000P戦の大規模戦プレイレポートです。


この2001年当時に5000P戦のバトルをやるというのは、今でいう40K50000P戦でアポカリプスやってるくらいに跳びぬけたゲーム規模だったに違いありません。
僕ら新米趣味人は1500Pでいっぱいいっぱいでしたからね。

しかもレポートの質も高い!戦争に至るまでのストーリーも凄く凝っています。


ロスターもきっちり掲載し、バトルレポートのある意味完成形が24年前の書物に収められていました。すごいです。
バトルレポート職人を名乗ってきた僕も、ちょっと感動して読みふけってしまいました。


ミニチュアの写真は無いものの、盤面の動きも図解付きで非常に分かりやすく、レポートとしてこういう形も正しいものと思います。
ミニチュア写真も挟んであると、ミニチュアゲームらしさがもう少し表現できるでしょうけども。


エピローグも短編小説のごとき長文で、先達の趣味人の濃さを改めて思い出しました。当時の先輩たち、濃過ぎだったんですよほんと。
良いもの読ませていただきました。
オールドワールドを遊んでる今だからこそ、このプレイレポートは改めて新鮮な気持ちで楽しく読んでしまいました。


あとがきで流石に5版で5000Pはやばかったというような事が書いてあり、思わずニッコリしてしまいました。
でも憧れるのはここなんですよね。僕もいつか心のふるさとである5版で大規模戦をやってみたいと、改めて思いを強くしました。


SERIOUS INJURY! 2002年

モードハイム、2000年代初期の頃に一大ブームとなったスカーミッシュゲームです。
今で言うところのウォークライに近いイメージのゲームですが、何と言っても魅力的なのはその世界観でした。
廃墟となった街の中で様々なウォーバンドが様々な目的をもって活躍するというもので、ジョンブランシェの描き出す非常にダークな雰囲気がもう最高でした。
今でもモードハイムの復活を熱望するファンは多いと思います。

さて、戦槌王国のモードハイム部門を担当されていたのがユキジさんです。
後にユキジさんもガーゴイルゲートというホームページを開設され、こちらがモードハイムに特化した内容でめちゃくちゃ濃厚でした。
ユキジさんは当時国内最高レベルにペイントが上手な方で、僕にとって憧れの人でした。
東京の武井さんのお宅にて、ユキジさんがペイントしたケイオスドラゴンを見た時は心底ビビりあげたものです。
未だ脳裏に強烈に焼き付いた思い出です。

そのユキジさんと戦槌王国管理人のAKUさんが中心となって発刊された本書。
モードハイム専門誌です。

GWから出版されていたモードハイムのサプリメントはタウンクライヤーという冊子でした。
こちらの同人誌もタウンクライヤーの背表紙に似たテイストで編集してあって、ビジュアル面へのこだわりもレベル高いです。
僕もモードハイムにドハマりしましたので、このシリアスインジャリーには自分のミニチュアの写真を提供していたりします。

モードハイムは当然ながら英語版しかありませんでしたので、ゲームの紹介記事も気合が入っています。
ミニチュアを動かすだけなら何とかなるレベルに丁寧に解説してあって、当時この記事を重宝された方もおられたと思います。


ゲームのルールとしては今見ると洗練度が足りないというか、ウォークライのルールで世界観だけモードハイムにしたやつ、
出してくれたらいいのになぁって思ったりもしますが、いやでもこの当時は本当に面白く感じました。
キャンペーンゲームで自分で作ったミニチュアが成長していく、というのも当時は非常に新鮮でした。


ウォーバンドは沢山あって、ウォーハンマーのミニチュアの流用ではなく、専用ミニチュアがしっかり用意されていて、
非常に多岐にわたるミニチュアがラインナップされた豪華なゲームでした。
それでいて、古いシタデルミニチュアを登用してきて個性的なモデルを作る余地も無限にあって、ダークな世界観が合う人にはたまらないゲームでしたねぇ。


僕はモードハイムはもう遊ぶことはないだろうと思って、ルールブックやタウンクライヤー全巻コンプリートしていたものを結婚前に手放しちゃったので、
今回改めてこの冊子を読み返して、後悔するところもありますね…


カラー写真付きでのウォーバンドの紹介、コンパクトながらも非常に濃い内容だと思います。各ウォーバンドの魅力が端的に伝わってきますね。
冊子全体としてビジュアル面への配慮が行き届いているのが流石ユキジさんという感じです。


第2巻では現在も活躍中のツキカゼさんによるモードハイムのリプレイです。これがもう素晴らしい読み物でした。


ゲーム的にもナラティブ的にもビジュアル的にも100点満点のレポートではないでしょうか!
やっぱりモードハイムの雰囲気はいいなぁって改めて思いました。


モードハイムのウォーバンドが雇える傭兵の紹介も熱い。


あ〜こういうキャンペーンゲーム、もう一回遊びたいですねぇ。マジでモードハイム再販希望です。
オールドワールドも復活したわけですし、ぜひモードハイムも復活して欲しい、ですねぇ・・・


Strange Love 2002年〜2003年

三重県のふうりさんのサークルGOLDEN DAWNによるウォーハンマー専門誌です。
ふうりさんはウォーハンマーを始められた当所からRoRへのご投稿を通じて交流があり、急速に熱中趣味人に上り詰めていかれた印象があります。
そして、たぶんウォーハンマー始めて半年後くらいにこの同人誌を発行されているという凄いエネルギッシュな方でした。
僕も戦槌王国グランドトーナメントin名古屋(2003年開催)でお会いしてご飯をごちそうになったりと大変お世話になりました。


ふうりさんの趣味で萌え推しでしたね、
創刊号の背表紙はRebis先生のウッドエルフ!豪華!


実は僕もこの冊子には記事を寄稿しています。
日本語版未発売アーミーの紹介でケイオスドワーフについて書きました。
ページ数もかなり多いです。フルカラーなことを考えると大変気合の入った同人誌でした。


ウォーハンマーまめちしき、現状日本語版と英語版と6版が混在している日本の環境についての解説が、当時の世相の解説になっていて、
非常に貴重な証言といえるのではないでしょうか(笑)。
ここでも英語版は6版が出たのに、英語版プレイヤーは5版を遊ぼうとしている歪な状況が垣間見えると思います。
日本語版は5版ベースで継続中だったということでの折衷案的に5版英語版、だったともいえるのでしょうけども。


この頃の世の中ってまだネットに繋がっていない人が趣味人人口の半数くらい居たイメージでした。
噂には聞くけど、ネットに出てこない超人趣味人とか、普通におられました。

今でもあえてネット露出を控えめにする人はいるでしょうけど、当時は濃い人たちも居た一方、情報不足に飢えている人も沢山いた印象があります。
この冊子ではネットで好評の記事を冊子向けに編集してまとめてあって、ネットに繋がっていない人にも幅広く知見を広めたいという想いがあったそうです。


昨年ブレトニアを沢山作った僕としてもAKUさんの初心者のためのブレトニアアーミーの組み方は改めて興味深い内容でした。


日本語版未発売アーミーについて。
もうこの日本語版未発売アーミーについては当時のトレンドだったんだなとなりますね(笑)。英語版推しのプレイヤーの一番の推し文句的な。
卵帝君もケイオスに関する解説をかなりの文章量で書かれていました。今読んでも面白い。


実際、2号目で1号目の感想を掲載してあったのですが、卵帝君の記事は大好評でした。
ケイオスの魅力が当時の趣味人にも広く伝わったのだと思います。僕もこのころはケイオス一辺倒でした。写真のビーストマンは僕が塗ったやつです。


そして、ケイオスドワーフは僕が書いたものです。
なつかしいな〜ってなりました。この頃に作ったケイオスドワーフを今また最新ルールで使えるっていうのが最高ですね。
ウォーハンマーは不滅だなって改めて思いましたね。


ドッグスオブウォーは鹿児島のhortenさんによる紹介です。
hortenさんは当時僕も所属していた九州戦槌王国で一緒に遊んでいた仲間でした。hortenさんの作品はholtenさんが作者と一目でわかる特徴的なテイストがあって、
素晴らしいうえに、アーミーチョイスもマニアックでしたね、当時から!
解説もウィットに富んだ語り口で大変お人柄が感じられて面白かったです。

hortenさんは現在も精力的にウォーハンマーのアーミーを作り続けておられますから、いつか思い出を語り合いながらバトルできたら嬉しいです。


2ちゃんねるネタも1枠使って記事にしていたり、当時の世相を色濃く感じさせる貴重な一冊でした。


こんなプレイヤーはイヤだ〜の記事はネタっていうかそんなやつおらんやろ、って当時は思ってましたが
その後の20年以上の中でいろんな人がいましたね・・・。

でも自分も大概変な奴だし、人のことを非難するなんてとても出来ません。
当時は「塗ってない人とは遊ばない」とか「見本通り塗って何が面白いんですか?」とか公言するヤバ過ぎる奴でしたからね。
まぁ、そんなもんです。今は思ってませんよ。


第二号は今も大活躍されている ざんじさんによる6thへのイントロダクションが目を引きます。
新しいもの好きなざんじさんらしさはこの頃から変わらずですね。
でもこの記事を書かれた頃はまだ5版で遊ぼうよ勢力が強かった頃でしょうから、かなり野心的かつ気苦労もあったのではないかと思います。


ミニチュア写真はほぼ全部RoRからの転載でした。ありがたいですね。


そして、へにょさんも6版覚書をまとめておられました。
2002年7月号、もう時代は確実に6版に移り変わろうとしていたのでした。


hortenさんによる戦術論は5版ルールに焦点を絞った本格的なものでした。


ジムさんによる6版バトルレポートも掲載!


そして戦槌王国グランドトーナメントin名古屋のレポートは圧巻であります。
5月に行われたこのトーナメントは6版で行われたことで、もう完全に日本人による英語版プレイヤーは6版に移行しました。
総勢20名で行われたトーナメント、大変盛り上がった大会でした。
僕はこの頃はすでに40Kに目覚めており、大会3日目の擲弾兵さん主催の40Kトーナメントに参加していたいのでした。

こういう記録も戦槌王国がネットから消えてしまい、全て失われてしまったのは大変残念なことです。
こうして紙ベースで残った記録が結局は一番最後まで残るのでしょうか。


僕はこの大会で、ペイントコンテストを主催していました。タイトルがいかにもアレ、調子乗った感じで若かったなぁって恥ずかしくなります(笑)。
このレポートはRoRで今も見れますので、当時の雰囲気を見てみたい方はぜひご覧になってください。オラがメタルは世界一


もともとウェブ記事だったのを誌面向けに丁寧に編集頂いてました。
これも誌面で見ると箔が出ますね、やっぱり。

基本、人気投票スタイルだったので、なんか色々言われましたね。あと「主催者が入賞して、景品までもらって良かったねぇ〜!」と戦槌王国の主催者からは罵られました。
いいじゃん、上手いんだから別に賞もらったってさ。って思いましたよね。(主催の自覚無し)


楽しいイベントでしたが、このイベント後から僕と戦槌王国との関係はかなり悪くなっていき、色々とあって結果的にRoRを一時休止するに至るのでした。

ウォーハンマーシーンをリードしていくという自覚が全くなかったので、初心者向けの記事を書けと言われたり、そういうのがものすごい苦痛で、
初心者向けに記事を書くのは嫌です、僕が書きたいこと書きますって言ったら
「Rmanは恩知らず」と戦槌王国のトップページにデカデカと書かれて、公開処刑されたわけです。
戦槌王国から張られたRoRの記事への直リンクも全て解除。

当時のウォーハンマー界を二分するくらいに戦槌王国の掲示板も2ちゃんねるも大荒れでしたね。
僕も散々言われましたが、2ちゃんねるにも僕の成りすましも出て好き勝手暴れてましたが、僕は1回も書き込みしたことはないんですよ、本当に。(読んではいましたが)
そういう表で言えない悪口を陰で言うようなのが一番嫌いな性分だったもので。

今でいう炎上状態で、非常に憔悴してしまい、ウォーハンマー辞めようかなって思うレベルに落ち込んで、
福岡のアートデザインの専門学校に行く元気もなくなり、アパートも引き払って失意の中、山口の実家に帰りました。
ウォーハンマーに関連した仕事をしたい、という夢はこの炎上騒ぎで絶たれたのでした。

その後は、色々と僕も反省しました。この時の色々なショックがあったからこそ、今の自分があると思って、
厳しく叱咤して頂いたAKUさん始めとする先輩方には今は感謝しています。(当時はものすごい反発したのですが…)


やはり当時のシーンを思い出すと胸が苦しくなりますね。このStorange Loveを読んでいて、昔の思い出が次々と蘇ってきます。
この頃は僕もかなりアクティブで、戦槌王国のイベントで北海道にも行ったし、沢山の知り合いが全国に出来て嬉しかったものです。


タムさんはこの時代からすでにダイス運が悪い人で評判だったことを逆手にとって「貴方のダイスは呪われていませんか?」という記事を書かれてます。
面白いですね。この手のダイス運に関するネタは今でもウォーハンマーの鉄板ネタですよね。


いろいろあったなぁ、としみじみと読みました。


第三巻では日本ではまだまだFB一強の中、他のGWゲームを紹介しようという意欲的な一冊になっていました。
特に40Kの紹介である寺田山彦さんの記事は大ボリュームで非常に熱量の高いものでした。


今では世界はもちろん日本でも間違いなくミニチュアゲームの中心にある40Kですが、当時はまだニッチな存在でした。日本では。(海外ではすでに大人気)
僕も福岡にいてこの記事を書かれた寺田さんと毎週のように遊んでもらっていたので、2001年の夏頃にはすっかり40Kにドハマりしてました。

40Kの日本語版が発売されるのは2005年(40K4版)、この記事が2003年1月なので、まだ日本語版が出るなんて想像してない世界でした。


ユキジさんはしっかりモードハイムを紹介されています。
いつか僕もまたユキジさんと再会して、ゲームを遊べたらなぁと思います。最後にお会いできたのはスローンオブスカルの会場でしたね。


ネクロムンダも紹介されています!すごい。今でこそネクロムンダは濃厚なコミュニティが形成されていますが、当時ネクロムンダを遊んでいる日本人はかなり少なかったと思います。


バトルフリートゴシック(宇宙艦隊戦)もいつか遊びたいと憧れのゲームです。リバイバルさせると宣言されてたの何年前でしたっけ。
ぜひ出て欲しいですねぇ。


hortenさんの戦術論もますます奥深くなっています。普遍的な戦術論がウォーハンマーに落とし込んで書かれていることもあって、
今のウォーハンマーオールドワールドに非常に有用な記事ですね!今ネットに公開されても需要ありますね、これは。


今や公式のウォーハンマーヒーローにもなられた金子さんが自らをヘッポコプレイヤー奮闘記、として記事を書かれているのも熱いですね。
長くウォーハンマーを続けてきて成し遂げたかっこいい男のの初期のころを垣間見れる貴重な記録です。
金子さんや皆さんと戦槌王国のGTトーナメントで深夜話が止まらず大盛り上がりでホテルの人に怒られたのも良い思い出です(笑)。
またいつか当時のみんなで集まってお泊りウォーハンマーやれたら楽しいでしょうねぇ考えたらウォーハンマーでやりたいこと多すぎて、まだまだ死ねませんねこれは。


そんな感じで、同人誌を見ながら過去の思い出に浸ってしまいました。

ウォーハンマー黎明期とタイトルに書きましたが、本当の黎明期はそれこそブラックドワーフやチームイニシアティブの時代やろ、日本語版が出てからは黎明期じゃないよ、
という最古参もおられるとは思いますが、そこは雰囲気で語ってますのでご容赦ください。

僕からするとその世代は一世代も二世代も前のことで、ネット以前の話なだけに、直接の関係者でなければ秘密のヴェールに包まれていました。
2000年当時ですら。

日本語版が出てから日本でのウォーハンマーシーンの中で数々の趣味人が熱い記事を書き、ウォーハンマーを啓蒙し、楽しんできたことが
ちょっとでも記録に残せたらいいなと思います。

最後になりますが、この同人誌を貸してくださって記事を書くきっかけをくれた卵帝君、ありがとうございました!

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